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●2000年11月の過去ログ●

 ■今日はぷ〜の誕生日!! ■浅田次郎さんはなぜあんなに優しい文章を書けるんだろう?
■偉い人ほど偉い!! ■街角で出会ったオヤジ ■ぷ〜が今ここにいる訳・その1
■前回の続き・その2 ■前回の続き・その3 ■前回の続き・その4

 ■今日はぷ〜の誕生日!!(2000.11.6)

今日はぷ〜の「*7歳」の誕生日です。
11月6日は人間国宝・桂米朝師匠と一緒です。

今年の誕生日はそんなに感慨深いものではありません。
別に区切りの歳でもないし、何かを志す時期でもないし・・・。

ただ、訳あってちょっと印象深い誕生日になりそうです。
なんでか???・・・って???
ふふふ・・・。

女性は誕生日などの色んな記念日をとても大切に思いますよね。
男性ってそんなに重要視していないみたい。

先日友人に「話を聞かない男、地図が読めない女」という本を紹介してもらい読んでみました。
この本には、男性と女性は生まれ持った違いがあるんだ!と言うことが書いてあります。どのような環境で育っても、どのような教育を受けても、男と女には先天的な能力の差があるそうです。

男性は、テレビの音がガンガン鳴っている横で電話が出来ないそうです。
女性はそれが簡単に出来ます。
「おい!テレビの音地小さくして!」とよく男性から言われたことないですか???
逆に女性は車に乗って地図を見るとき、進行方向に地図を向けないと(南に車が向っていたら地図を逆さまにしないと)読めないそうです。
男性は、そのままでも読めるそうです。

この本にはこのような事を始めとして・・・
男と女の空間能力の違い
男と女の思考・態度・感情の違い
男と女のホルモンの違いとその働き
ホモとレズ
男と女のセックスの違い
男と女の結婚・愛・ロマンスの違い
・・・など興味深い話ばかりです。

・・・とぷ〜の誕生日に関係ない本の紹介となりましたが・・・

皆さん、誕生日を誰かに祝ってもらえるって幸せですよね。
ぷ〜の誕生日に贈るメッセージをトップページのメールに送ってくださいね。
待ってま〜す!!

 ■浅田次郎さんはなぜあんなに優しい文章を書けるんだろう?(2000.11.8)

みなさんは浅田次郎さんの本(作品)を読んだことがありますか?
そう!あの「鉄道員(ぽっぽや)」の作者です。

ぷ〜は正直言って「鉄道員」がヒットしたときに浅田次郎なんてちょっと出のうわべだけの作品を書くヒット重視の作家なんだ!!と勝手に理解してたんです。
・・・いや、「鉄道員」すら読んでいなかったのですが、なぜかそう思ってしまいました。

それからしばらくは浅田次郎さんに接することもなく時が流れました。
特に読みたいとも思わず、本屋さんでも素通りしていました。

・・・で最近、何気なく本屋さんの平積みで「天国までの百マイル」という題名を見つけました。面白いタイトル・・・だれの???・・・あぁ、浅田次郎さん。
まぁ今読むものないし、買ってみようかな〜と軽い気持ちで買って帰りの電車の中で読み始めました。

ありゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。

読み始めて数ページで私の目には涙が・・・。

それから仕事の移動途中に電車の中で何度かに分けて読んだのですが、読むたびに涙があふれてくる。
なんじゃ!!この小説は!!

えっと・・・簡単なあらすじは不動産会社を倒産させた息子が心臓病で死にそうな母親を助ける話。(いやいや、もっと深い話なんですけど)

これがまた!!
反則やで・・・ちゅうくらい泣かせる文章なんですわ。
なんで浅田次郎さんはこんなに優しい文章を書けるんだろう???
ぷ〜は今までこんな優しい文章に出会ったことがありません。
過去に浅田次郎さんの事を誤解していた自分が恥ずかしい・・・。

ぷ〜は色んな作家の作品を読みます。
村上龍も読むし、影山民夫も好きだし、渡辺淳一も沢山持っているし、山田太一も好きだし、森遥子も、宮本輝も・・・。
乱読な方だと思います。
でも、今のイチ押しは浅田次郎さん!!

最近新聞で読書をする人が少なくなったと書いてありました。
みなさん!!漫画ばかり読んでいませんか?
漫画も面白いと思います。

でも、文字オンリーから状況を想像して自分の頭の中で物語を展開させるって行為は、既存のイメージが目から入ってくる漫画とは一味違って、楽しいものです。

一度だまされたと思って「天国までの百マイル」を読んでみて下さい。
あなたの黒く曇った心が洗われて、秋の澄みきった青空のような心になりますよ!!

 ■偉い人ほど偉い!!(2000.11.12)

ぷ〜は仕事で昨日、12時間落語会の楽屋にいました。
某放送局の50周年記念イベントで、若手の落語家さんから人間国宝まで・・・。
1日中、いろんな落語家さんが楽屋に出入りしました。

ぷ〜のお仕事は、出演者の帰りのタクシーチケットを切る事と、記念品のお土産を渡すこと。そしてお茶を入れたりお弁当を配ったりするアルバイトたちの監視・指示をすることでした。

自分の舞台が終れば、着物から私服に着替えて、ほとんどの人はスグに帰っていきます。
そのタイミングを見計らってどこまでタクシーに乗るかを聞いて、チケットに記入して渡すのですが、まぁ、それが千差万別!!

勿論、若手の落語家さんは礼儀正しく、ぷ〜にも敬語を使って下さり、ぷ〜がタクシー代を払っているんじゃないのに「すんません、ありがとうございます」って挨拶をしてくれます。

しかし、なんでああなんでしょうね〜。
いわゆる「中堅どころ」と言われる大御所一歩手前の落語家さん。
まぁまぁテレビでは名前が売れて、弟子も何人かいて、ええ生活をしている人々。
そのレベルの落語家さんの人に接する態度がめちゃ横柄!!

そりゃ、ぷ〜なんかと話をする必要もないし、ましてやアルバイトの子たちの事なんて知らないけど、まるで虫けら扱い。
こっちが「おはようございます」と言っても「おつかれさまでした!」と言っても視線すら合わせようとしない。聞えてるんか!!
アルバイトの子がお茶を入れようと「何がいいですか?」と聞きにいっても奴隷に指図するような口調。
持っていっても無視。お茶が来たのがわからなかったのかと見ていたら、ちゃんとすぐに飲んでいる。
あのな・・・持っていってるのは「人」やねんで!!

そして楽屋での態度もでかい!でかい!!
そこは人が座ってるんやんか!!っちゅ〜所でも、そこにいたらみんなの邪魔やろ!!っちゅ〜所でも平気です。

どうしてあれくらいの位置になるとみんなそうなるんでしょうね。
いやいや、みんながそうじゃないな〜。
中にはすごくいい人もいる!!

しか〜〜〜し!!
大御所となると「すごい!」
昨日は、米朝師匠を始め、春団治・文枝・仁鶴の各師匠が勢ぞろい。

ぷ〜が言うのもおこがましいけれど、米朝師匠なんてちゃんとぷ〜にも挨拶してくれるし、仁鶴師匠なんてあんなに大御所なのに、廊下の隅の方〜〜〜で座ってはるし(余計に気を使うけどね)、アルバイトの子がお茶を持っていっても「おおきに」とか、ちゃんとしてくれるし。
舞台が終って「お疲れ様でした!」って挨拶したら、「はい・・・」と少し頭を下げて通り過ぎるし。

すごいね!!
大御所ほど下の人々に対して横柄になるようなモンなのに。

絶対に見習おうと思いました。
しかし、ぷ〜はいつ大御所になるんでしょうか???

 ■街角で出会ったオヤジ(2000.11.14)

今日の夕方6時頃、友達との待ちあわせの為、泉の広場を上がった所にある映画館の前で立っていました。
すると、50歳手前くらいのおじさんが近づいて来ました。

「おねえちゃん、遊べへん?」
「はぁ?」
「一緒に遊べへん?・・・1万円で」
「エ・・・」
「どぉ?」
「いや、待ちあわせしてますから」
「そう・・・そしたら2万円でおじさんとHしない?」
「えぇ???」
「2万円・・・どぉ?」
「いや、友達と待ちあわせしてますから」
「2万円・・・あかん?」
「はぁ・・・」

おじさんは去っていきました。
程なく友達が現れました。
くっそ〜〜〜もう少し友達が早く来ていたら、あのオヤジを痛い目にあわせられたのに!!

極、極、普通の中小企業サラリーマン風のオヤジでした。
ちゃんとネクタイしてスーツ着て。
絶対に部下から嫌われそうなタイプ。

実は、前も友達とそこで待ちあわせをしていて、映画館の前に立っていたら40歳くらいの男性が「遊べへん?」って声を掛けてきました。「いくら?」って。

あの場所ってそういうスポットなのかな?
売春したい女があそこに立っていたら、それが合図って場所なのかな?

しかし、今日のオヤジには腹が立つ!!
何で私が1万円やねん!!
Hして2万円やねん!!
きょうび、高校生でももっと高いわ!!
(そんな問題じゃない?)

 ■ぷ〜が今ここにいる訳・その1(2000.11.24)

今日からしばらくぷ〜のダイアリーではなく、ちょっとぷ〜の事を書きます。

このお仕事をしていて「なぜ放送作家になったの?」とよく聞かれます。
ぷ〜は実は短大(好き主婦になるための家政学科)を卒業して11年間繊維メーカーでOLをしていました。
勿論、入社当初は2〜3年勤めて社内恋愛でもしてさっさと寿退社をする「予定」でした。
しかし、勤めていた会社は非常に居心地よく、毎日が楽しく過ぎて行きました。

入社7年目くらいの時、世の中は「男女雇用機会均等法」などという言葉が取りざたされ、女子社員も総合職でバリバリ仕事をしてもらわなければ・・・と会社が張り切っていました。
ぷ〜は当時、学生の体操服やスクール水着の生地を生産&販売する課にいました。
その課の課長は一部上場企業では大変稀な「高卒」の課長(大抜擢だったそうです)でした。
かなり熱血なオヤジで、一般職のぷ〜をどうにかして総合職に押し上げようとしました。
ぷ〜もその風に背中を押されて、1年に1〜2人しか合格しない昇進試験を受け、受かってしまいました。(かなり熱血課長の手助けがありました)

総合職になると、社内では私服が許され、男性と同じ金額の月給となりました。
しかし、悲しいかな・・・昔のしきたりがしっかりと残っている「繊維業界」では、ちょっとやそっとでは女性が男性と肩を並べて仕事できないのです。
取引先のオヤジからは仕事がやりにくいと言われ、ようやくぷ〜が取り付けてきた仕事も裏では男性同士がやりとりしている。

総合職3年目を迎え、ぷ〜は仕事に、会社に、明日を見つけられなくなりました。
このまま仕事をしていても課長になれる訳じゃなし、責任ある仕事を任される訳じゃなし。
どうしようかな〜と思っている時に・・・。

(つづく)

 ■前回の続き(その2)(2000.11.25)

話は変わりますが、ぷ〜は高校の時から笑福亭鶴瓶さんの「おっかけ」をしていました。まだ東京進出する前のアフロの鶴瓶さんは、とてもフレンドリーで、ぷ〜はかなり「濃い」ファンでした。

話は戻りますが、その頃、朝日放送ラジオで「つるべがおかず」という番組がありました。
ラジオ番組には年に2回レーティングといって聴取率調査があります。
その次期、番組はビッグなゲストを呼んだり、豪華なプレゼントをしたりします。
「つるべがおかず」では、リスナーと松竹新喜劇の団員とでラジオドラマ(ラジオ松竹新喜劇)を作ることになりました。
ぷ〜は遊び半分で、そのオーディションを受けました。
あれ???補欠でセリフは1言だったのですが、選ばれてしまいました。

それから4〜5回、朝日放送のスタジオで芝居のお稽古や録音などをしました。
そこにはぷ〜と同じようなリスナーが10人くらいいました。
自然とメンバーとは仲良くなって、その中の1人が「心斎橋大学」(略して心大・・・神戸大学ちゃいまっせ)という放送作家の学校に通っていました。
「心斎橋大学」とは、日本放送作家協会大阪支部が主催している言わばカルチャースクール的な夜間学校で、業界で活躍している現役の放送作家の講義が受けられるというのがウリの学校でした。

その頃、仕事への意欲を失っていたぷ〜は、ちょっとおけいこ事でもしてみようかな?という軽い気持ちで園学校へ入りました(週1回・1年間)

 ■前回の続き・その3(2000.11.27)

元々、電話より手紙の方が好きで、日記も毎日書いていて、ラジオ番組へ投稿するのも好きだったぷ〜は、この学校が楽しくて仕方ありませんでした。
エッセーを書いたり、演芸の歴史の講義があったり、ミニドラマを書いたり、番組制作の裏話を聞いたり。
超ミ〜ハ〜なぷ〜にはとても興味のある内容ばかりでした。

しかし、そんな学校に行ったからと言って放送作家や脚本家になれる訳ありません。
ぷ〜も全くプロになる気などなく、1年が過ぎようとしていました。

・・・ここで・・・
一応、ぷ〜は毎回教室では一番前を陣取ってよく聞える範囲にいました。
授業とは別にこの学校では、自分の作品を講師陣が見て批評してくれるので、毎週何らかの作品を持って行ってました。
クラスの人とはあまり仲良くありませんでした。
だって、口ばっかり偉そうに(業界ぶっている)している人が多かったから。
まるでNSCの生徒がいかにも吉本の舞台に出ているかのような勘違い野郎も多かったのです。
・・・ってことは書いておいて・・・

 ■前回の続き・その4(2000.11.30)

学校で新年会がありました。
そうそう、丁度阪神大震災が起こる1週間ほど前でした。
1次会も終わり、2次会。カウンターで飲んでいました。
生徒達の人気は藤本義一さん。藤本さんの周りには、沢山の生徒が取り巻き面白い話を聞いています。
ぷ〜はというと「ぬかる民」であったこともあり、新野新さんの横で水割りを飲んでいました。
新野さんとゆっくり喋るのは初めてで、ぬかるみの事、よく番組に手紙を出していたこと、鶴瓶さんのおっかけをしていたこと、ぷ〜の会社の事、仕事の事・・・などなど、色々と喋っていました。
何の拍子だったか「もし、放送作家になれたらいいな〜と思ってるんですよ」と言った所、新野さんは何を思ったのか「僕は女性の弟子はとらないのよ」とのお言葉。
あれあれ・・・(別に弟子入り志願してるわけじゃないよ)と思っていると・・・
「そうそう、ええ人紹介するわ。ちょっと、ちょっと、哲ちゃん!!」
近くのカウンターにいたサングラスに口ひげのオヤジ(ぷ〜が今所属してる放送作家事務所の社長)が新野さんの所にやって来ました。
「この子ね、作家になりたいんやて。面倒みたってよ」
は???
その瞬間まで、サングラスにヒゲのオヤジとは喋った事もなく、ただ名前を知っている程度だったのです。
すると現・社長は「そう」
あれ?すげない返事。

一応、お酒の席と言うこともあり、現・社長には名刺だけ渡して「よろしくお願いします」と挨拶をしました。

数日後・・・。

(次の月につづく)